2010年8月、私は、国際善隣協会(高嶋も会員)が派遣した中国東北部・内モンゴル視察団に参加し、内モンゴルの東北部に位置し、吉林省に接しているウランホト市に日中合弁の味噌・醤油工場―内蒙古万佳(集団)有限公司を訪ねる機会があった。

 味噌・醤油と言えば日本の代表的な味覚であり、伝統食品中の代表である。それが中国内蒙古で生産されている。私は日中合弁がここまで来たかという思いと、日本の本当の味が中国で生産出来るのだろうかとのいささかの疑問を持って同工場を訪ねたのであるが、後記するように帰国後に依頼した味覚テストでは、日本の製品と全く遜色のないもので、私の疑問は杞憂に終わった。

 この工場は、1994年、「日本とモンゴルの架け橋になりたくて」とおっしゃる木曾路物産(株)鹿野正春社長(善隣協会会員)の呼びかけで、同社(恵那市所在、食品販売及び内蒙古から天然食塩「天外天塩」等の輸入を推進)と、マルマン(株)(飯田市所在、味噌、果実酢等を生産販売)など日本の9社が、興安盟(注:参照)東方貿易公司との合弁で、この地に設立した味噌、醤油、食酢、漬物、各種調味料等を生産する工場である。 (注)興安盟の「盟」は内蒙古自治区下部の広域の「市」と同等の行政組織。自治区にはフフホトなど9広域都市と3つの盟があり、興安盟(人口165万人)の政府所在地がウランホト市(人口30万人)。旧満州時代には興安総省に属し、興安街と言われていた。

 広い工場敷地に入ると、管理棟、研究検査棟、商品展示室、原料処理棟、味噌・醤油・漬物等の加工建屋が整然と並び、敷地内にはゴミ一つなく、従業員が外来者に笑顔で挨拶し、中国では稀な、良く管理された工場との印象を受ける。敷地内にゴミ箱が置かれ、紙、プラスチック、金属、電池、その他ゴミ等の分別処理が実施されていた。 研究検査棟では商品検査や研究開発の機器が並び、展示室には醤油、米酢、味噌、豆板醤、牛肉醤、キュウリ、プルカ(ロシアから伝えられた根菜)等の漬物類が瓶詰、真空パック詰等にされ、全商品が展示されていた。「信州味噌」という中国内で使用する登録商標もいち早く取得されていた。

 驚かされたのは、原料処理棟。4人、5列、20人ほどの女子工員さんが、蛍光灯の下で原料に使う米の手選別を真剣なまなざしで行なっていた。原料の米、小麦、大豆等はある程度精選されて工場に到着するが、それでも若干の未熟粒や異物の混入は避けられない。それを手選別で除去し、万全を期しているのだ。日本では光選別機というのがあって、赤外線をあて異物を発見したら瞬時に吹き飛ばす装置もあるが、高額の機械であるため、多品種少量の選別には適さない。それを豊富な労働力を生かして、最も確実な手作業で実施していた。

 それともう一つ感心したのは、同社では2箇所、合計1,330ヘクタールの日本JAS、米国NOP有機食品の認定を受けた有機栽培農場を持ち、ここから生産される小麦、米、大豆等の原料で、有機食品を製造していることだ。

 現在では、味噌生産ラインのほか、年間6,000トンの日本式本醸造醤油生産ライン、プルカ(中央アジアから伝わった根菜)等の漬物生産ライン(最終計画年産3万トンで一期工事完了)、別途、長春市に同様の日本式醤油、年産2,6万トンの生産ライン等が完成し、日本式醤油の販売シェヤーは、同市がある興安盟と吉林省西部で55%に達しているという。中国の短期間高温発酵で、味が薄い醤油に対し、長期間発酵で食味の良い日本式醤油はこの地方で歓迎され、急速に浸透している由。味噌も次第に歓迎され、日系の食品メーカーを中心に販売量を伸ばしているとのことだ。

 因みに、チチハル市のスーパーで調べた米の値段は、生産量の増大により、キロ約60円程度で、日本のキロ約300円の5分の1程度。大豆は、国内生産1,500万トンに対し、米国、ブラジル等からの輸入が昨年5,480万トンに達し、輸入国に転じているため、国際価格並みで日本とあまり変わらない。小麦は略々国内生産で賄われており、日本よりは割安。人件費は日本の4分の1程度。これらを勘案すると、味噌、醤油のコストは可なり安く、日本へ輸入された場合、相当の競争力があると思われる。醤油小瓶2本、豆板醤、漬物類6パック入り化粧箱の贈答品が60元、約780円と廉価であった。従って、木曾路グループのほかに、日本の味噌、醤油メーカー数社が中国へ進出している模様である。

 同集団公司は、以上のほか不動産事業、ホテル、レストラン、結婚式宴会場、ショッピングセンター等の多角経営を行い、集団企業として成長している。 現在の工場面積は35万㎡、建築面積6,8万㎡、2箇所の有機栽培農場を含め、総資産4億人民元、従業員600人とのこと。

 説明に当たって下さった佟広遠さんは、同公司に10数年勤務し、日本人と変わらない日本語を話し、「お客様第一主義、自己研鑽、信用第一に創造心を持つ」等の公司の経営理念を体得した公司幹部であった。愛読書は、井上靖作品とのこと。このような現地スタッフが成長していることが、合弁経営の成功の要因であろうと感じた次第である。

 当日夜は、佟さんのご手配で同集団公司経営の万佳商務会館ホテルのレストランで、佟さんを交え会食懇談をし、同ホテルに宿泊した。ホテルは清潔、豪華で地方都市には見られない四つ星クラス相当のレベルで快適であった。 翌朝、次の訪問地チチハル、大慶に向かう際、佟さんが同市にあるジンギスカン記念廟まで送って下され、記念撮影をした。

 ウランホト市は、旧満州時代には興安市といわれた。近くには、終戦時、興安市居住の日本人約3千人が長春に向け避難する際、ソ連軍の銃撃に遭い、千数百人が犠牲となった葛根廟がある。 今回同行した善隣協会、矢野一弥常務理事は、8歳の時、興安からの避難行に巻き込まれ、葛根廟の悲劇に遭遇し、避難途次、祖母と母堂、2人の妹を失くされ、ご尊父と二人のみで日本へ引き揚げられた。当時を偲び、旧満州の地に鎮魂の旅を続けておられる。

 万佳公司より購入した醤油、味噌製品を日本に持ち帰り、愚妹の料理研究家で、元味の素食品研究所所員の岩崎(クローバー会員、栄短大37年卒)に食味検査を頼んだところ、次のような結果であった。

  項  目 中国 万佳醤油 日本製
醤油 外観
風味


水でのばすと
香り
透明感なし
こくのある風味
こくがあって美味しい
少し苦い
うま味がある
強い

透明感あり
醤油風味
深みのある塩味がある

塩辛い
まろやか

 全体として比較すると、万佳醤油は美味しい。その他として、ビンのふたがゆるい、液もれがある。

  味噌:美味しい。信州味噌として同じような風味、味がしている。

  プルカの漬物:意外に美味しい。ごぼうの味噌漬けみたいで、米飯によく合う。
         味付けのバランスも良い。初めて食べたが、日本でも喜ばれるのではないか。  

(以下の参考写真、ご参照下さい。)


内蒙古万佳(集団)有限公司の管理棟

商品展示室

原料の手選別作業場。視察しているのは同行した善隣協会、矢野一弥常務理事。

ジンギスカン記念廟