バヌアツに暮して (06年11月 講演要旨) 64年卒 白鳥貞夫
南太平洋に点在する83の島々に21万人が住むバヌアツ。その知られざる小さな国が、英国調査機関が2006年7月に発表した「幸福度指数」で世界1位にランクされ、日本でも評判になった。小生は2004年10月から2年間同国で暮らし、商工会議所で「ビジネス研修事業」拡充を支援する機会を得た。
バヌアツ列島はオーストラリア大陸の東、南緯12度~20度の熱帯に位置するが、年間を通じて東から貿易風が吹き、首都ポートビラは夏季(12月~2月)でも32度を超える日は少なく、冷房のないホテルや事務所が多い。南部の島々では、冬季(6月~8月)には長袖や上着が必要な程である。とは言え、真上から照りつける熱帯の太陽は強烈で、築50年民家転用の職場ではトタン屋根にあぶられて汗が噴き出し、日本から持参したノートパソコンが2度もノックアウトされた。ちなみに、急峻な火山列島からなるバヌアツは、地球温暖化による水没の心配はないものの、被害を伴う地震やサイクロン(南半球の台風)がしばしば来襲する。
バヌアツ人はアフリカ系と蒙古系が混血したメラネシア人種で、約4千年前にインドシナ半島から島々を経由して渡来した。赤ん坊には蒙古斑があるが、成人の身体的特徴は黒い肌・縮れ毛で、精悍な体つき・顔つきの人が多く、1969年まで食人の風習があったと聞くと、思わず身構えたくなる。だが、つき合って見ると、誰もが心優しく、気の毒なほどシャイである。王様や白人に支配されて功利的になったポリネシアの人たちに比べると、バヌアツ人は純朴そのものだ。
白人との接触は1606年のポルトガル人の上陸に始まる。1774年にはクック船長も探検したが、天然資源のない島々は経済的魅力が乏しく、手付かずの原始の時が流れ続けた。しかし19世紀半ばに英仏人が入植して綿花栽培や牧畜が始まり、キリスト教化も進んだ。1863年には「Black Birding」と呼ばれる奴隷狩りが始まり、多くの原住民がオーストラリアやフィジーに連れ出されたのに加え、ヨーロッパ人が持ち込んだ疫病のため、当時100万人いた原住民が4万人まで激減した歴史がある。
19世紀末から1980年7月の独立まで、バヌアツは「ニューヘブリデス」と呼ばれ、英仏両国の共同統治下に置かれた。しかし英仏が仲良く共同出来る筈もなく、夫々の入植者任せの投げやりな植民地統治が1世紀近く続いた。組織的な搾取が少なかった分だけ原住民の政治意識の覚醒も遅れ、独立運動が活発になったのは、白人の専横な土地収用との衝突が起きた1971年以降のことである。独立運動を巡っての英仏の勢力争いは現在まで尾を引き、今も折りある毎に両派の対立が表面化する。
この間第二次大戦があった。日本軍は開戦と共にバヌアツの北隣、ソロモン諸島まで一挙に進出した。オーストラリア・ニュージーランドを脅かされた連合軍(米軍)は、バヌアツを最終防衛線と定め、1942年7月に10万を超える大軍を上陸させた。日本軍はガダルカナル島で1万5千の餓死者を出して自滅したが、米軍の豊かな物資補給の痕跡は今もバヌアツの各地に残り、自軍の機雷に触れて沈没した豪華客船は日本人ダイバーのメッカになっている。バヌアツ駐留軍をモデルにしたミュージカル「南太平洋」を見るにつけても、その余裕ぶりには戦中派の我々は複雑な気持ちになる。
バヌアツの経済規模を表すGDPは約700億円である。しかし統計に現れる経済活動の殆どは在留外国人や中国系移民によるもので、原住民の民間経済活動はその1割程度であろう。小生が勤務した商工会議所は原住民のビジネス振興のために設立されたものだが、会員の業種は、サービス業が露天商やタクシー運転手、製造業がパン屋、というのが実情である。商工会議所はビジネス研修(有料)の提供を法的に義務付けられており、小生のミッションはその立ち上げの支援だったが、これらの会員に「ビジネス研修」のニーズが存在していないことは、着任してすぐに分かった。
だが、日本国民の税金で派遣されたからには、何もせずに帰るわけには行かない。ニーズの掘り起こしから始め、事業計画、募集パンフ作成、教科書作り、講師の育成・評価、広報宣伝、更には小生自身が講師となる経営セミナーなど、正直に言って、現役時代でもこれほど仕事をした憶えがない。2年間に書いた英文の量は、12年の現地駐在を含む40年の会社員生活で書いた総量よりも多かっただろう。
冒頭の「幸福度指数」に話を戻そう。これはロンドンの「新経済財団」が発表したもので、世界各国の国民の人生満足度、平均寿命と環境破壊のレベルを総合評価し、その順位を示したものである。(原文はhttp://www.happyplanetindex.org/)。これによれば、バヌアツ人は自分の人生に高い満足感を持ち、程々に長生きし、且つ生活の為の自然破壊も少ない。1位のバヌアツに続くのは、中米やアジアの貧しいけれど安定した国々である。一方、地球資源を貪って工業化を進めた「先進国」は何れも環境破壊度が高く、総合評価で低位にランクされている。187ヶ国中95位の日本は、環境破壊は欧米ほど悪くなく、国民は長生きしているものの、「人生満足度」の低さが目立つ。高度経済成長と裏腹に生じた社会の歪みや、それに起因する国民の焦燥感や不安感が反映しているに違いない。
バヌアツでは、今も国民の7割が電気もない原始的な小集落で自給自足の日々をおくっている。バナナやタロイモなどの豊かな自然の食料に恵まれ、水にも不自由しない。お金がなくても生きるのに困らない生活が最近まで続いていたのである。そんな桃源郷が貨幣経済に巻き込まれた原因は、工業化でも国際化でもない。子供の義務教育費(国が貧乏で親の負担が避けられない)や、米・肉の缶詰など食の多様化で、村の暮らしにも現金収入が不可欠になったからである。いったんお金のニオイを嗅げばもっと欲しくなるのは、どの人種・文化でも例外がない。
小生のミッションを端的に言えば、どうしたらお金が儲かるのか、そのコーチを頼まれたようなものであった。バヌアツ人は、その文化的伝統から、物事の計画や几帳面な管理が不得意で、違約や失敗の追求を殊更に避ける。これらはバヌアツの西欧的な意味での近代化には阻害要因となるだろうが、そんな彼等に、過当競争やマネーゲームで歪んだ先進国型のビジネスモデルや手法を伝授しても意味がない。バヌアツ人が健全なビジネス活動を始める上で最小限必要なことは何か、小生なりに腐心したつもりである。願わくは、世界一幸福と評価されたバヌアツ人が、人間味豊かなバヌアツ型ビジネスモデルを自ら創り出し、21世紀の人類の幸福の手本となってほしいものである。
バヌアツについてもっとお知りになりたい方は、小生のホームページ「バヌアツ通信」 http://www.withcamera.sakura.ne.jp/Vanuatu/index.html をご覧ください。ご連絡くだされば資料をお送りします。